「高齢者福祉(総合)施設 宮城野の里」介護支援活動報告(こがねの里 介護職員)

009.jpg 5月2日~7日、宮城県仙台市にある高齢者福祉施設、宮城野の里内の福祉避難所「マルフク」へ支援に行かせて頂きました。
「マルフク」とは、宮城野の里に置かれた福祉避難所の愛称です。ケアハウスの食堂にベッドを並べて生活されています。
支援中、「マルフク」で生活されていた方は男性5名・女性4名の9名、なんらかの介護や見守りが必要な方は5名でした。津波が自宅の2階にまで達し全没してしまった方、地震で自宅が傾き危険な状態の方など様々な理由で避難して来られていました。家族が津波にのまれ亡くなられた方もおられました。

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↑2度目の地震(余震)で大きく陥没してしまったとの事。
右は、ライフライン復旧前に調理で使用していた薪。万が一に備えて確保している。↑

―被災地の視察―
宮城野の里から数キロ離れた荒浜地区に視察に行かせて頂きました。津波で町が流され、あちこちに車や家などが崩壊している状態でした。
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006.JPG  震災から約2ヶ月が過ぎようとしていますが
復旧がなかなか進んでいない様子でした。
震災、津波の恐ろしさを目の当たりにし、仙台から
離れた地で暮らす自分達ももっと何かできることは
ないのか?と感じました。

 

―「マルフク」での支援―
初日、「自分が何か役に立てるのか?」「他所から来た自分が受け入れて頂けるのか?」など、不安いっぱいで現場に入りました。挨拶をさせてもらい利用者の方が笑顔で迎えて下さり内心ホッとしました。『避難所』という言葉から想像していたよりも時間がゆったり流れており、生活の場であるということを改めて感じました。
013.jpg 勤務体制は、日勤7時~20時(20時~1時間程度のミーティング)、準夜勤16時~24時、夜勤20時~7時でした。日勤では利用者の方の洗濯物、掃除、シーツ交換、食事の準備や、一部介助が必要な方のトイレ・入浴介助等を行いました。
昼食やおやつ時の調理レクでは、全国から来た支援者の地元料理などが披露され、利用者の方々も喜んで下さいました。ちなみに北海道のチャンチャン焼きが人気でした。 奈良からは、葛湯をお土産にお持ちしました。

014.JPGまた夕食後は支援者・利用者さん一緒に、『函館名物イカ踊り』、『ズンドコ節』を毎日踊りました。利用者の方もなかなか体を動かす機会がないため、毎日とても熱心に楽しそうに踊って下さっていました。夜勤帯はトイレの一部介助や見守り 翌日の準備などが中心でした。

「マルフク」では支援者が何かを必ずしなければならないといった決まりや指示もなく、自分達で考えて動く日々でした。「マルフク」での支援だけでなく、支援物資の整理、津波で被害にあわれた自宅の整理や、小学校の避難所への訪問や炊き出し、宮城野の里のデイサービスへの踊りの披露なども行いました。
019.jpg 全国から支援者が集まり、日々支援者が入れ替わるため、日に日に教える立場になっていきます。利用者の方の情報などを次々に引き継いでいくことや、その日のスケジュールも考えなければならず、日に日にプレッシャーや焦りが強くなりました。

「マルフク」で生活される方と色々お話しさせて頂き、改めて自然災害の恐ろしさを実感しました。利用者の方は大切な家族、家、大切な思い出の品も、何もかも津波で流されてしまったのに、みんなとても前向きで、いつも笑顔で明るく接して下さり、とても人間の優しさ、温かさ、強さを感じました。自分自身が逆の立場だったら…。こんなに前向きに、強く生きられるだろうか、と思いました。

ある方が、夜中に俳句を作って見せて下さいました。
【 大津波  出逢いの絆  おきみやげ 】
見せて頂いたとき凄く心にジーンと来ました。この時、本当にここに来て良かったと心の底から
感じました。
支援者として少しでも力になりたいと思い仙台へ向かいましたが、逆に自分自身が被災者の方たちに元気や勇気を頂きました。たった6日間でしたが、自分自身にとっての一生の財産になりました。
(特別養護老人ホームこがねの里 介護職員)